暮らしと勉強 Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。実家の片づけと空いた時間の勉強をメインに綴っていきます。

あの5打席連続敬遠を振り返る

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ジム友さんからいただきました。

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味覚糖の美味しいグミキャンディーです。

「冷やして食べてね。」と言われましたので、冷やして食べた。

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「美味し~い!」まるで本物のマスカット!!!

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プルンプルンして、甘さも食感も最高です。

 

今日のブログはグミキャンディーから始まった私の中の思い出の甲子園の試合についてです。

最後までお付き合いくださると嬉しいです。

 

目次

 

甲子園

ジム友さんは近畿を旅行してきたそうで、甲子園も観戦してきたとか。

ちょうど好カードの日だったので「よかったわよ~。」と楽しんでらしたようです。

 

私は甲子園で観戦したこと1度もないです。

いつか行ってみたい。

今年もテレビの前で観戦しました。

大好きな星稜高校が準優勝でした。

初めて北陸に優勝旗がくるかと期待していましたが、それでもとても良い決勝戦になったので嬉しかったです。

 

星稜高校の野球については過去のブログでも熱く語らせていただきました。

hiro-beans-attack-no1.hatenablog.com

hiro-beans-attack-no1.hatenablog.com

今日もまたあの夏について語らせてください。

 

2019年夏。第101回高校野球全国制覇は大阪代表履正社。準優勝は石川県代表星稜高校

この夏の甲子園

もしかしたら・・・1992年の松井秀喜五打席連続敬遠試合以来の明徳義塾(高知)×星稜(石川)の試合があったかもしれなかったのです。

明徳義塾は2回戦で智弁和歌山に7-1で敗れました。

もしもこの試合に勝てば、3回戦の相手は星稜のはずでした。

1992年夏。松井秀喜氏に5打席連続敬遠した試合と同じ8月16日の対戦予定でした。

智弁の圧力はあったと思う」と唇をかんだ監督は27年前と同じ馬淵史郎氏(63)

27年ぶりの対決・・・観たかった方もたくさんいるでしょう。

でも私は観たくないな。

これでまた明徳義塾が星稜を負かしたら悔しいから。

 

明徳義塾野球部馬淵監督

松井氏がヤンキースに入団する時、引退する時など、松井氏の節目節目に、今でも馬淵監督がインタビューに答えていらっしゃいます。

好きで答えているわけではないのだろうけど。

きちんとインタビューに応じているのは、「あれ以前も、あれ以降も、松井君ほどの大打者と僕は出会っていません。」と語る馬淵監督の松井氏への敬愛なのかもしれません。そりゃそんなに簡単に松井氏ほどの野球人に出会えるわけないじゃん。いくら長年高校野球の監督やってるからって。松井だよ?あの松井だよ?

 

でもその後も「あの作戦は間違っていなかった」と言い切る馬淵監督を私は好きになれません。

「星稜の選手、明徳義塾の選手にかわいそうなことをした」「あの頃は私も若かった」「今なら(五打席連続敬遠は)やらない」とおっしゃっていますが、それでも「ルールを破ったわけではない」と言い切る意地が私には心地悪いのです。

だって、高校野球ですよ?

部活ですよ?

教育の場ですよ?

未来ある若者の心にあれだけの傷を残して「あの作戦は間違っていなかった」はないと思う。

 

松井選手のその後

3年生の松井選手には明徳義塾との試合で高校通算60号の本塁打がかかっていました。その機会を故意につぶされたのです。

ただその後星稜は秋の国体に異例ながら選出となり(明徳義塾は選出されず)国体決勝戦で60号の本塁打を放つこととなります。国体では星稜高校優勝でした。

そんな松井選手は後に「今ではいい思い出です。負けたことは悔しいが5打席連続敬遠は打者として誇りです。」と語っていますが、それは松井選手のその後の野球人生が素晴らしいものだったからこその余裕の言葉でしょう。

 

松井選手が巨人からヤンキーズに移籍した年。

4番のバーニー・ウィリアムスが敬遠されたため、5番の松井選手がバッターボックスに立った時は満塁になっていました。

その場で松井選手はホームランを打ったのです。

松井氏とはそんなすごい選手なのです。

 

星稜5番打者と明徳義塾のピッチャー

松井選手の後のバッターである星稜5番打者の月岩信成選手が試合後に大泣きしていたのを思い出します。「松井に申し訳なかった」

多感な10代の高校生の心にどれだけの傷を残したことか。

この試合は彼のその後の野球人生に大きく影響し、結局大学での野球もやめてしまいます。

また松井選手を5打席連続敬遠した相手の投手、河野和洋氏もまたそのレッテルに苦しみ続けました。それでも彼は今でも野球を続けています。現在は帝京平成大の野球部でコーチをされています。

あの松井を1打席でも打ち取っていれば、後の人生の誇りになるでしょう。

また打たれていたとしても「あの松井にコテンパに打たれちゃってねぇ。」と良い思い出にもなるでしょう。・・・結果論でしょうが。

 

5打席連続敬遠試合の影響

試合後、いえ、試合途中から、全応援席からブーイング、えぇ、明徳義塾側の一塁側アルプススタンドからも「土佐っ子なら逃げずに勝負しろ!」と野次が飛びました。

最後の敬遠の場面では球場内は怒号と野次に包まれ、📢メガホンなどの野球グッズやゴミが大量に放り込まれました。気持ちはわかるけどこれやってほしくなかった💦

試合終了後の明徳義塾の校歌斉唱の時には「帰れ!」コールで校歌が掻き消されるほど。

そして負けた星稜選手にはたくさんの拍手喝采が送られました。

その夜の明徳義塾の宿舎には抗議や嫌がらせの電話と投書が相次ぎました。今ならSNSですね。このニュースを聞いた時私は辛かった。「あ~石川県民が多いのかなぁ。石川県を愛する私としては恥ずかしい・・・」

驚くことにこの宿舎には明徳義塾が出場した際に、その後何年も同じ嫌がらせが続いたそうです。

 

勝つために必要だった5打席連続敬遠、私は好きじゃない

私は敬遠が嫌なのではありません。

5打席連続敬遠、ランナーがひとりもいない場面での「ひとりの選手を潰す」ような敬遠が嫌なのです。

私の記憶の中で、漫画「ドカベン」の中でも連続敬遠の場面があったように思います。でも最後には確か勝負したような・・・。記憶定かではありませんが。

もちろん明徳義塾の野球部が嫌いなわけではありません。

ただ、この夏、敗れた後に「勝負はこれから。見とってください。」と出直しをはかったという馬淵監督が率いている以上、私は明徳義塾野球部を応援する気持ちにはなれないと思います。

 

甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実 (新潮文庫)

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