あの~、出だしから鶴太郎さん演じる摂津晴門が、『半沢直樹』の香川照之さんを意識してるとしか、思えないんですが(笑)
摂津晴門「わ~か~りません~」
足利義昭「もうよい!」
摂津晴門「で~は~」
目次
『麒麟がくる』第33回「比叡山に棲む魔物」あらすじ
比叡山を攻めると息巻く信長に尻込みがちな家臣たち。光秀は単独山崎義家の手引きで朝倉義景と会う。義景に覚恕と引き合わせてもらった光秀は、摂津晴門が覚恕と繋がってることを知り、信長に報告をする。信長は比叡山焼き討ちを決意する。
朝倉義景
義景はしみじみと語ります。
「美濃を追い出された若侍がいた。妙な男で公方様にも気に入られ、どこぞの田舎大名を巻き込み、上洛まで果たした。今では幕府もこの男の顔色を伺うほどの大物、出世した者は昔世話になった者に礼を返すという。」
日本昔話か?
「仁義も礼も廃れた今の世では望むべくもないか。」
いいなぁ。
ユースケ・サンタマリアさんの口調。
あれは何年前?
弘治2(1556)年。斎藤義龍に追われ、妻の煕子や家族と伴に、越前大野を経て越前の称念寺の門前に寺子屋を開き生活していましたっけ。(この時期光秀は医者をしていたとの説もあります)
『明智軍記』には称念寺住職と和歌を詠み、漢詩を作ったことが記載されています。
でも、朝倉義景はたいして、光秀の世話をしていたように見えなかったけど。
あ、最初に「お金やるよ。」って言ったのを光秀が断ったんでしたっけ。
義景はさらに言います。
「信長に伝えよ。この戦を止めたくば、覚恕様に膝まづけと。」
覚恕って誰?
ずいぶんと金の亡者のように描かれてますね。
しかも公家の領地を奪ったとか、双六や闘鶏が好きだとか、ロクな奴じゃなさそうです。
比叡山焼き討ち
元亀2(1571)年8月。
信長は江北に出陣して一揆勢と戦い、ついで江南に進んで一揆の楯籠る金森寺内を攻めて降すと、9月12日比叡山の焼き討ちを敢行した。
『信長公記』によれば、麓から攻め上った信長軍はほとんどの建物を焼き払ったという。
近年の発掘調査によると、施設の多くは信長が攻める以前から廃絶していた可能性が指摘されています。
『言継卿記』は殺された人数を「僧俗男女三四千人」と記す。
『信長公記』は、焼き討ちの理由を、比叡山が信長の意に背いて浅井・朝倉方についたので、その憤りを散ぜんがためと記し、焼き討ちは敵対したものに対する攻撃だったのが本質である。それに、僧らが「淫乱、魚鳥服用せしめ、金銀賄いに耽って」いたことへの反感・批判が憎悪となって、容赦のない攻撃に向かわせたのである。
参考文献