暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

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『逃げ上手の若君』中先代の乱

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北条時行について語ったブログです。

 

北条時行は、鎌倉幕府14代執権北条高時の子で、鎌倉時代終わりから室町時代にかけて足利尊氏にしつこく抵抗した(?)プリンスです。

けっこうマイナーなキャラで、なぜ急にこのブログがヒットしてきたのかな?と不思議だったのですが、テレビアニメの影響のようです。

時行を主人公とした『逃げ上手の若君』のアニメ放送が始まったのですよ。

 

 
目次

時行の出自

北条時行は、鎌倉幕府第14代執権北条高時の子ですが、母親も生年も不詳です。
元徳元(1329)年12月22日付けの『金沢貞顕書状』には、高時に「今度御出生の若御前」がいると書かれており、これが時行のことであれば元徳元(1329)年12月頃の生まれとなります。
 
母親は『太平記』によると新殿(二位殿=北条高時の側室)とあります。
アニメ『逃げ上手の若君』では兄の邦時は側室の子、時行は正室(安達時顕の娘)の子となっていました。
 

中先代の乱

鎌倉幕府滅亡後、建武の新政により、鎌倉将軍府が設置されます。
しかし建武政権武家の指示を得られません。
信濃に潜伏していた北条時行は、建武2(1335)年、諏訪頼重や滋野氏・仁科氏らに擁立されて挙兵します。
中先代の乱の始まりです。
時行軍は、7月20日に女影原(埼玉県日高市)で渋川義季や岩松経家ら鎌倉将軍府の軍を、小手指ヶ原(所沢市)で今川範満の軍を、武蔵府中で小山秀朝の軍を打ち破る勢いです。
 
続いて、井出の沢(東京都町田市)にて、足利直義足利尊氏の弟)もボコボコにします。
直義は鎌倉に逃げます。
鎌倉には建武政権から失脚した後醍醐天皇の皇子護良親王(前征夷大将軍)が幽閉されていましたが、直義は鎌倉を落ちる際に密かに家臣の淵辺義博に護良親王を殺害させています。
鎌倉に護良を将軍・時行を執権とする鎌倉幕府が再興され建武政権に対抗する存在になることを恐れたからでしょう。
7月23日。689年前の今日のことです。
10歳になってないであろう時行が率いる軍がそれだけ足利直義にとって脅威だったということです。
 

 
足利尊氏が直義と合流すると、さすが戦に強い尊氏、時行軍は劣勢となります。
時行が鎌倉を保つことができたのはわずか20日余り、その後逃亡し、数奇な運命をたどり、その後何度か歴史に名を連ねます。
 

北条時行大河ドラマになるか?

主君北条高時を裏切り、その後後醍醐天皇を裏切り、最後には共に戦った弟直義すら成敗するという、裏切りの人生であった足利尊氏
真田広之さん主演の『太平記』では、こんな足利尊氏をよく大河ドラマの主人公にできたなぁ。憎まれ役が主人公になる大河ドラマ、過去に何作かあり。
 
北条時行は、性格も人生も尊氏とは対照的でした。
まっすぐな性格と人を裏切らない人生が大河ドラマの主人公としてはうってつけで、大変面白い人物でありながら、時行はその生涯が短い。
人生前半の山場である中先代の乱が起こった建武2(1335)年当時はまだ少年。
そして1353年、20代で亡くなったであろう北条時行の短い人生を大河ドラマにするのは難しいでしょう。
 
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日本のアニメは絵が美しく、えぇ、人物も背景もクォリティが高い。

細部にわたって、音楽も声優さんも完成度の高さに貢献していると思います。

アニメは日本の誇る文化だ。