暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。その介護も終わり、片づけと大学通信教育部の勉強と猫と。そんな雑記ブログです。当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。収益はすべて寄付しています。

クリームシチューが誕生した秘話

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毎月20日は「シチューライス」の日です。

 

「5(ごはん)×4(シチュ-)=20」の語呂合わせに由来して、シチューをご飯にかけて食べる「シチューライス」を推進してハウス食品が制定しました。

 

シチューは何が好きですか?

ビーフシチュー?クリームシチュー?

クリームシチューはパンに合わせることが多いのですが、ごはんにかけながら食べることもありますよ。

シチューをかけるならごはんは雑穀ごはんにかけるのが好きです。

 

クリームシチュー誕生秘話をNHK『チコちゃんに叱られる』で詳しく説明していましたよ。

 

目次

 

戦後の食糧難に

今から80年前の昭和20年。

終戦直後、日本は危機的な食糧難に襲われていました。

人手不足による食料や肥料の生産困難、冷夏による農作物の不作、また戦争が終わり海外から兵士や民間人300万人以上が一斉帰国したことが原因です。

都市部では栄養不足の餓死者が続出、その数は年間9,000人以上。

とくに子どもたちは栄養不足でした。

 

浅野七之助というジャーナリストの尽力

アメリカで新聞記者をしていた浅野七之助は戦争中は収容所で過ごしていたものの、戦後日本のために日本戦災難民救済運動を始めます。

新聞に日本の食糧状態を載せ、日本への寄付を募ります。

在来日本人やアメリカ教育団体は浅野の活動を支援し、寄付金が集まりました。

昭和21(1946)年11月30日には食糧95,000㎏を日本へ送ることができました。

物資援助は6年間続きました。

 

脱脂粉乳

この物資のなかに脱脂粉乳がありました。

脱脂粉乳とは牛乳から脂肪分と水分を取り除いた粉末で、動物性たんぱく質やカルシウムが豊富で栄養価が高いのです。

日本に送られた脱脂粉乳はおもに子どもたちの給食に使われました。

しかし…

脱脂粉乳は、味がしない、食感も悪い、長い船旅の湿気で劣化し臭いも気になる…と評判はよくない。

 

クリームシチュー誕生

そこで脱脂粉乳を使った料理が誕生します。

小麦粉でとろみをつけて、魚や肉や野菜を入れることによって臭みを抑えます。

こうして誕生したのが白シチューです。

そして昭和41(1966)年に食品メーカーが給食の白シチューを再現したクリームシチューのルーを開発、ヒット商品となりました。

 

 

浅野七之助デー

浅野七之助の功績は人々に称えられ、1987年にサンフランシスコから「日米親善の尽力」を評価され、表彰されます。

表彰された5月16日を浅野七之助デーと制定します。

 

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私は小学校1年生の時に1年間だけ給食で脱脂粉乳を飲んでいました。

2年生からは瓶牛乳になりました。

悪い評判しか聞いたことない脱脂粉乳ですが、私には不味かった記憶がありません。

美味しかった記憶もありませんが、抵抗なく飲んでいたと思います。