「熊本バンド」という名を聞いたことはありますか?
音楽活動をやっていたわけではありません。
明治時代に同志社大学で学んだ、徳富蘇峰を含む熊本出身の若者たちのグループです。

目次
熊本洋学校
全寮制の熊本洋学校は明治4(1871)年、九州熊本に設立されました。
その熊本洋学校で明治9(1876)年に事件が起こります。
事件の発端は、学校内のキリスト教をめぐる対立でした。
明治9(1876)年1月30日に生徒たちが学校の近くにある花岡山で、キリスト教を信仰するという趣旨の盟約を交わしました。
彼らが後に熊本バンドと呼ばれる集団です。
盟約に参加した少年の中には
彼らは周囲から激しく棄教を迫られ、座敷牢に入れられるなどの抑圧を受けました。
熊本洋学校は、この事件によって、8月に廃校になります。
この花岡山の盟約事件の有力分子達は京都の同志社に入学します。
NHK朝ドラ『ばけばけ』の主人公夫婦のモデルである小泉夫妻が熊本に移住する15年前でしょうか。
※1945年に秋田県北秋田郡花岡町(現:大館市)で起きた「花岡事件」と混同しないようにしてください。
同志社の熊本バンド
熊本バンドと呼ばれる彼らは、同志社時代にも紛争を起こすことになります。
直接の発端はクラス合併問題でしたが、その背景には熊本バンド出身者間の対立があったといいます。
花岡山で盟約を交わした熊本バンドの人々は草創期の同志社に大挙して入学したので、信仰・学業のいずれにおいても他を圧しました。
この学園生活は、NHK大河ドラマ『八重の桜』で詳しく描かれています。
金森道倫
熊本バンドのひとりが
『八重の桜』では柄本時生さんが演じていらっしゃいました。
金森通倫は、この間まで総理大臣だった石破茂氏(第102代内閣総理大臣)の母方の曾祖父です。
柄本時生さんは『ばけばけ』では松江に住む山橋薬舗の店主を演じていらっしゃいます。山橋薬舗のモデルとなったお店は現在も松江で営業しているそうです。
後に同志社大学設立に奔走し、また新島襄より受洗した彼は、牧師であり伝道者で宗教家でした。
そんな金森通倫は晩年は湘南の嶺山に隠居し、原始的な洞窟生活をしました。
そして昭和20(1945)年3月4日、福島県郡山市で亡くなりました。81年前の今日です。
おまけ:佐久間信恭
先日ブログで少しだけ紹介した
『ばけばけ』で橋本淳さんが演じていらっしゃる作山のモデルです。
佐久間は熊本洋学校には在籍しておらず、もちろん「熊本バンド」とは無関係で、東京英語学校で学んでいます。
徳富蘇峰も数か月東京英語学校に在籍していますが、ちょうど佐久間が在籍した時期とかぶっています。
金森通倫や徳富蘇峰が同志社に入学したのは明治9(1876)年。
金森通倫は明治12(1879)年に卒業しましたが、徳富蘇峰は卒業目前で中退しています。
徳富蘇峰や金森通倫が学んだ同志社で佐久間が教鞭をとったのは、それから10年後のこと。
そしてその後熊本市の第五高等中学校に赴任したのは、明治24(1891)年です。
そこで、ラフカディオ・ハーンと出会うわけですね。
NHK朝ドラ『ばけばけ』でおトキちゃんが「熊本に行きたくない」と連呼していた頃、SNSで「そんなに熊本を嫌わないで(´;ω;`)」というカキコミを見つけました。
熊本在住の方ですかね。
生まれ育った土地から離れたくないという人は交通網が発達した現在でもたくさんいますから、明治時代なら当然の感情かもしれませんね。
『ばけばけ』ではトキちゃんは案じたほどではなく、すんなりと熊本の生活を楽しんでいるように見えますが😊
それより、ヘブン先生の執筆活動が心配です。
高校の修学旅行で熊本を訪れた時に、生まれて初めてからし蓮根を食べました。「美味~」とみんなで盛り上がりましたよ。お土産にも買って帰りました。

