暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。その介護も終わり、片づけと大学通信教育部の勉強と猫と。そんな雑記ブログです。当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。収益はすべて寄付しています。

1970年代半ばの日本

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昨日、ドラマ『赤い衝撃』についてブログ記事にしました。

1974年『赤い迷路』から始まり、1975年『赤い疑惑』1976年『赤い運命』『赤い衝撃』…と続く「赤いシリーズ」です。

 

高度成長期が終わりを告げ、「安定成長」へ転換した時代です。

1975年の家族計画世論調査では「子は理想としても現実としても2人」が定着したと告げています。

住宅公団では、この頃が日本社会全体の家族と住まいの転換期でした。

サラリーマンと専業主婦の組み合わせの夫婦と2人の子どもによって構成される4人家族は3LDK設計においてかろうじて夫婦の寝室と各子どもの個室、そして家族団らんのためのリビング・ダイニング・キッチンという共通空間の確保を果たしていました。

 

1975年は専業主婦がもっとも専業主婦であり得た瞬間でした。

1975年は女子の労働就業率が最低であった年だったのです。

私の母も専業主婦でしたね。同級生のお母さんも専業主婦が多かったです。

 

しかし、その後持ち家獲得と子どもの教育費のために、主婦もパート労働の労働者として働きに出る人が多くなっていきます。

ダイエーやイトーヨーカドーといった大型スーパーが全国に広がり、近所で短時間だけパートタイムとして働く主婦の需要が増えました。

 

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TBSでは、赤いシリーズと同じ時間帯で、白いシリーズというのもありました。

『白い滑走路』とか『白い地平線』とか。

『白い巨塔』はフジテレビ系列であり、無関係です。

赤だの白だのがタイトルにつけられたのは、スポンサーであるサントリーの意向で、赤ワインと白ワインをイメージしているのですね。