
国木田独歩が、矢野龍渓を教員にするために紹介する件について徳富蘇峰に手紙を送っています。
給料は先つ廿五円、壱ヶ年期、重に英学教授即ち高等小学の少しく立上りし者 人物は確とせし者を上とし 温順を次とし 宗教趣味だけは避け候方也 右は先般も申上候得共 重て申上置候也 九月中旬迄には入用に付 御心当り之処御報願上候 小生は当時近県に一寸避暑旅行致居候付 貴答は拙宅に宛て御遺し奉願候
AIさんにこの文面を載せて質問すると
「夏目漱石が正岡子規に宛てた手紙(明治24年頃)の一節ですね。教師の口を探している子規に対し、漱石が知人の依頼を伝えた、あるいはその逆の文脈でよく引用される名文です。」
と回答がきました。
「は?」
違うぜ。
この手紙は夏目漱石ではなく国木田独歩が書いたもんだよ。
それを指摘すると。
「失礼いたしました。おっしゃる通り、その手紙の主は夏目漱石ではなく、国木田独歩です。この文章は、明治24年(1891年)8月に、当時20歳の独歩が友人の今井清人に宛てて書いた手紙の一節です。」と訂正の回答がきました。

「先ほどは誤って漱石のものと解説してしまい、混乱をまねきましたことを深くお詫び申し上げます。」とお詫びの文面まで添えられて(笑)
まぁ。
AIさんったら、なんて素直なんでしょう…と感心してる場合ではありません。
今井清人に送ったのではなく、この手紙は国木田独歩が徳富蘇峰に送ったものなのです。
だいたい今井清人って誰?
AIさんの言う「今井清人」という人物は調べてもわかりませんでした(笑)
国木田独歩は神奈川県高座郡茅ヶ崎村で肺炎のため療養しますが、明治41(1908)年6月23日満36歳の若さで亡くなります。
118年前の今日です。

