暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。その介護も終わり、片づけと大学通信教育部の勉強と猫と。そんな雑記ブログです。当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

月が屋根に隠れる~『麒麟がくる』第41回

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NHK大河ドラマ麒麟がくる』も残すところあとわずか。

最近は、光秀中心に物語が動き、面白さが絶好調になってきています。

 

目次

 

麒麟がくる』第41回「月にのぼる者」あらすじ

足利義昭が打倒信長のためにあちこちの大名にせっせと手紙を送っている。秀吉は播磨の総大将を任ぜられ大出世するが、そんな秀吉の出世の手口に皮肉を言う光秀。秀吉に「菊丸に気をつけろ」みたいな忠告をされ、光秀は菊丸に京を離れるよう促す。光秀は松永久秀から預かった平蜘蛛を信長に渡すがふたりの間の亀裂は明らかであった。そして光秀の娘たまは細川忠興に嫁ぐ。

 

架空の人物、菊丸

コロナ禍のために中盤休止を余儀なくされた『麒麟がくる

その休止後、菊丸はしばらくドラマに出ていない時期がありました。

それはもしかしたら、演じている方の不祥事(?)が原因なのか、他の理由だったのか、想定内だったのか。

でも菊丸という人物は、ちょうどいい匙加減での出演頻度で、物語の良い潤滑油であったと思うのです。

今回、秀吉が仕組んだ(?)追手に斬られてドラマから消えるのかなと思いきや、菊丸は見事なアクションで逃げおおせました。

私は菊丸のモデルは服部半蔵だと勝手に思っております。

本能寺の変の後、『真田丸』では頼りない服部半蔵の手引きで徳川家康は伊賀越えをしていましたが、本能寺の変天正10(1582)年。菊丸は何歳になっているのでしょう。年齢的にはどうでしょうね。

 

近衞前久

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近衞前久このえさきひさが久しぶりに出てきました。

お噂では、信長の使いで九州へ行っていたとか。

本願寺を倒すために毛利を叩かねばならず、その後ろにある九州の諸大名を前久が抑えに行ってたらしいです。

信長は前久、光秀と一緒に鼓を打つのを楽しみにしていた様子。

信長と近衛前久はすっかり仲良しです。

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近衞前久ってどんな人

19歳で関白になった近衞前久。

ドラマでは、伊呂波太夫に可愛がられてるダメダメ弟って感じですが、実は行動的なやり手でかつ型破りな貴族なのです。

上杉謙信と画策して、関東の武士を平定しようとしたり、信長と手を組んで毛利氏を倒そうとしたり、今までドラマに登場した印象があまりないのですが、近衞前久は戦国時代から江戸時代初期にかけて、けっこう活躍しているんですよ。

 

戦国交渉人

今回のドラマはちょうど打倒毛利氏の話でした。

信長は中国地方の毛利氏打倒のために、九州の大友氏と手を結び、毛利氏を挟み撃ちにしようとしたのです。

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大友氏はライバルである島津氏のために思うように動けなかったのですが、その島津氏との交渉を近衞前久が行っていたのです。

島津氏は和歌好きでした。和歌といえば公家の得意分野。前久は和歌を通して島津氏の信頼を勝ち取り、島津氏と大友氏との停戦の交渉に成功しました。貴族の文化が武士を動かしたのです。

こうして信長は大友氏の力を借りて、毛利氏を挟み撃ちにすることに成功したのです。

今回の『麒麟がくる』で信長が大喜びしていたのはこのことだったのです。

 

和歌と同じように「鷹狩り」も貴族の文化です。

鷹狩りは信長も大好物で、こうした共通の趣味もあり、前久と信長は親交を深めていきました。

 

本能寺の変の黒幕

しかし、天正10(1582)年の本能寺の変

もちろん主犯は明智光秀ですが、実は黒幕が近衞前久であったという噂がありました。

記録には「近衞殿御殿へ上がり 弓鉄砲を撃ち入れ」by『信長公記とあります。

つまり、本能寺の変では、明智の軍勢は前久邸の屋根から本能寺を襲撃したというのです。

秀吉に黒幕を疑われた前久は徳川家康の元にかくまわれます。

本能寺の変の黒幕については、いろいろな説がありますが、『麒麟がくる』ではどう描くのでしょうか。

 

関白

 

豊臣秀吉が関白になったのは、天正13(1585)年。信長の死から3年後のことでした。

関白というのは貴族にしかなれません。

でもその関白に本能寺の変後の秀吉はどうしてもなりたかった。

だから、秀吉は近衞前久に頼み込んで前久の養子になったのです。

この件について前久の息子信尹に「百姓の出である秀吉を養子にするなんて!」と猛反対されますが、前久は「天下統一」を秀吉に託すために養子縁組を承諾します。by『多門院日記』

麒麟がくる』では第29回で木下藤吉郎(後の秀吉)が「(近衞前久を)使えるかどうか見計らっておるところで、ガッハッハ~。」と光秀に語っていましたが、これが伏線でしたね。

 

近衞前久のその後

関ケ原の合戦後も家康の力となり、徳川へ徹底抗戦体制だった島津氏との和睦にまたもや一役かった近衞前久。

2021年の歌会始は延期状態ですが、2020年の歌会初の読み手は前久の子孫、近衛忠大氏です。

和歌は公家のたしなみ、今でもずっと続いているわけです。

 

www.betty0918.biz

  

大きな国

今回、光秀と信長の場面。いつも大好きだった光秀と信長の熱い語り。

でも今回は、光秀が「天下は穏やかにまとまり、大きな国となりましょう」と言っても、以前のようには信長の心にも視聴者の心にも届かなかった。

オオキナクニ…むなしい響きだった。

もう信長は、光秀からも私たちからも遠く離れていってしまった。

 

帝に月の伝説を語っていた光秀。

帝に「この後、信長が道を間違えぬようしかと見届けよ。」と言われちゃいました。

月に関しては、TBS日曜劇場『天国と地獄~サイコなふたり』でも面白い伝説が語られていましたね。

本能寺の変の前夜旧暦6月1日の夜は新月、月は出ていなかった。

漆黒の闇夜だったのです。

月が出ていたら、本能寺の変はまた違った形になっていたかもしれません。

真田丸』では本能寺の変の夜に満月が出ていたけどね。

 

 

今回も長文になってしまってごめんなさい。

近衞前久について語り過ぎました。

タイトルの「月が屋根に隠れる」は、2018年NHK朝ドラの「半分、青い」で主人公の楡野スズメが作った作品。世にでることはなかったけどね。このタイトルがすごく好きでした。

そう、今回は「月」についてもっと語りたかったのですが(;'∀')

長くなりすぎるので、このあたりで。

 

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