暮らしと勉強 Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。片づけと大学通信教育部の勉強と猫と介護と。雑記ブログです。

『麒麟がくる』第28回~明智光秀がいよいよ表舞台へ!

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年の初め頃、『まんぷく』の萬平さんだったり、おっさんずラブの部長だったり、ブッダだったりにしか見えなかった方々もすっかり立派な明智光秀松永久秀織田信長のイメージが定着しました。

しかし片岡鶴太郎さんは北条高時太平記)も小寺政職軍師官兵衛)も今回『麒麟がくる』の摂津晴門もいずれも同じに見えるのは私だけ?

 

コロナ禍、いろいろとドラマスケジュールが混沌とし、織田信長は民放ドラマで失踪してるし、同じく足利義昭は元やくざのクレープ屋さん、帰蝶は家事力ゼロのキャリアウーマンやってます(;'∀')

役者さん大変だろうなぁ。

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滝藤賢一さん、強面のクレープ屋さんの役やってます(笑)

 

目次

 

麒麟がくる』第28回「新しき幕府」あらすじ

足利義昭を奉じて、信長が上洛する。信長が美濃に帰った後に三好三人衆が本圀寺にて義昭を襲撃するが光秀らが食い止める。危機感を感じ取った信長は二条城を急ピッチで築城するが、そんな信長のやり方にふと一抹の不安を覚える光秀であった。

はい、112文字!

 

史実としての時代背景

ドラマは永禄11(1568)年から永禄12(1569)年。この時期大きく時代が流れています。

 

永禄11(1568)年

織田信長は北伊勢を攻め三男の信孝を神戸具盛の養子とする。

三好三人衆の推す足利義栄が14第将軍となるも若くして病死。足利義昭が15代将軍となる。

その頃(ドラマには全く関係ないけど)武田信玄駿府を攻略し、今川氏真遠江掛川に逃れる。NHKオンデマンドで『おんな城主 直虎』観てください。

(34)「隠し港の龍雲丸」

(34)「隠し港の龍雲丸」

  • メディア: Prime Video
 

 

永禄12(1569)年

明けて永禄12(1569)年。三好三人衆本圀寺ほんこくじ(ドラマでは本国寺と表記)に義昭を攻める。

またまたドラマとは関係ないけど、この年今川氏真掛川城徳川家康に渡し、事実上今川氏は滅亡。

ただし今川氏真自身は77歳まで長生きしてますし、今川家はその後江戸時代は徳川家に仕え、高家として長く繁栄しています。

 

hiro-beans-attack-no1.hatenablog.com

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静岡県掛川市掛川城

北条氏康上杉輝虎と相越同盟を結び、織田信長は伊勢を平定し、二男信雄を北畠氏の養子とする。

 

元亀元(1570)年

そして姉川の戦いが起こります。

織田信長徳川家康浅井長政朝倉義景を近江姉川に破るのです。

 

ドラマ『麒麟がくる』第28回では現在永禄12(1569)年ですが、その予兆がじわじわきています。

二条城築城中の信長と光秀の会話。

信長「朝倉と三好が手を握れば我らは挟み撃ちになる。早めに手を打とうと思うが。どうじゃ?」

光秀「朝倉様を?」

信長「討つ」

 

信長の子供たち

信長曰く「帰蝶が美濃に来たよ、光秀も1度遊びにおいでよ。」

帰蝶は子育て(長男織田信忠)中だったようですが、信忠もこの頃にはもう12~3歳?

信長は二男三男を次々と養子に出し、信忠が信長の後継者としてこの後天正3(1575)年の長篠の戦い岩村城の戦いと出陣するのです。

以前は、松平信康徳川家康正室築山殿の長男)に比べて、暗愚な凡将との評価があった信忠ですが、最近の定説では後継者として十分な能力・資質を備えた武将との評価のようです。

軍師官兵衛』ではブレイクする前の中村倫也さんが演じていらっしゃいました。

 

本圀寺の変

永禄12(1569)年1月5日、三好三人衆三好長逸三好宗渭石成友通)らが本圀寺にて義昭を襲います。

この時将軍側として戦った明智光秀がこの事件を機に歴史の表舞台にでてきたといっても過言ではありません。

おそらく『麒麟がくる』でもこの先の物語はかなり史実に基づいたものとなるかなと思います。

 

信長、二条城を築城する

二条城は私、中学校の修学旅行で訪れました。とても良いお城でした。

信長は本国寺の堅固な様子には満足しつつも、今後は「御構へ」を備えた将軍御所がなくてはならないとして、上京と下京の中間にあった義輝の二条御所跡を拡張し、東西3町南北3町規模の「武家御城」(二条城)の造営を自ら指揮した。この新城は石垣を多用し、二重の堀と複数の出丸を備え、内郭には三重の天守、外郭には奉公衆ら家臣の屋敷を配した近世的城郭であったと考えられている。建物の多くは本国寺の建築物を解体・移築したもので、その際僧侶らは松永久秀に信長への取り成しを頼んだが無理だと断られ、また1500人の法華信徒らが莫大な品を信長に献上し望み通りの金銭の提供も申し出て免除を請い将軍や朝廷にも働きかけたが、信長は取り合わなかったという。Wikipediaより引用

織田信長はどうもスピリチュアルなことを信じていないらしい。

信長は石仏を割って石垣にすることをなんとも思わず実行する。

時に宗教は進化の邪魔をし、人の心をマインドコントロールする。

日本神話は国民を戦争勝利を信じさせ、ダーウィンの進化論はキリスト教徒に否定された。

しかし、この信長の仏像をためらいなく壊す性格に、光秀は何か思うところがあったようです。

また比叡山延暦寺焼き討ちへの伏線ですね。

ドラマの伏線、私は嫌いじゃないです。むしろ好き。

 

まとめ

ようやく歴史が動いてきた回だったと思います。

本能寺の変まであと17年です。

 

 

麒麟がくる』の最終回が恐いくらい。

光秀にずっとずっと活躍してほしいのに。

 

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