長女とランチをする予定だった今日。
キャンセルとなりました😞
あら、今日はフリーになった・・・と思いきや。
昼前に長男からLINEが入りました。
じゃあ、夕飯の用意しなきゃ。
泊まる部屋もきれいにしなきゃ。
それでなくても、明日のスクーリングのために予習をしなければ。
先週は長屋王の変までやりました。
聖武天皇って、いい人?悪い人?というところで終わりました。
聖武天皇といふ人
大仏も作って、疫病や世の中の乱れを鎮めようとしました。
「祈り」で災いから逃れようとしたのです。
でもそう簡単ではなかった。
聖武天皇の政治は、後の貴族や有力者が天皇に変わって実験を握る状態を作るきっかけになったのです。
この聖武天皇の時代にその基盤が築かれます。
まずは墾田永年私財法
墾田永年私財法というのは、「一生懸命働いて土地を耕したら、その土地を永遠に自分の物にしていいよ」という法律です。
「そりゃ、いいや。一生懸命に働こうっと!だって、自分の土地になって、それを子供にあげて、それをまたその子供にあげて・・・と、永遠に我が家の土地になっちゃうんだもんねぇ!」と農民は喜びます。
でもそうやって、土地をどんどん増やしていく有力者がでてきます。その土地が「荘園」です。
光明子という方は皇室出身者ではありません。
藤原不比等の娘なのです。
(余談ですが、不比等は実は藤原鎌足の息子ではなく天智天皇の子ではないかという説があります。)
(またまた余談ですが、実は「大化の改新」なんかなかったんじゃないかという説もあります。)
「大化の改新」当時は中臣鎌足でしたが、臨終の際に天智天皇から「藤原」の姓を頂戴します。
これが「藤原氏」の始まりです。
藤原不比等は、自分の娘を天皇の妻にすることによって、一族の力をつけていきます。
この政略結婚が得意技となって、後々に続いてゆきます。
聖武天皇の時代から、こうやって藤原氏が大きな勢力をもっていくことになり、時代を築いてゆくのです。
大きく時代が変わってゆくその転換期に聖武天皇は関わっていたのですね。