暮らしと勉強、猫も介護も~Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。片づけと大学通信教育部の勉強と猫と介護と。そんな雑記ブログです。

徳川家康長女亀姫

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永禄3(1560)年6月4日。

463年前の今日、徳川家康に長女亀姫が誕生します。

あの「桶狭間の戦い」の2週間後のことでした。

母は築山御前。同母兄に松平信康

 

徳川家康

 

目次

 

奥平信昌の正室

亀姫の母の築山殿と兄の松平信康は、天正7(1579)年に非業の死を遂げることになりますが、その3年前になる天正4(1576)年に奥平信昌に嫁ぎます。

織田信長の提案による政略結婚ですが、信昌は生涯1人も側室を置かず亀姫自身で4男1女の子を儲けます。

信昌には亀姫と結婚する前に妻がいたのですが、武田家の人質となっており、信昌が徳川家についたために妻はわずか16歳で磔となり処刑されています。

 

築山殿ゆずりのキツイ性格?

亀姫は「キツイ性格」であると伝わっています。

侍女12人を手打ちにしたという逸話をもつほどです。

亀姫の母築山殿も「キツイ性格」だったと伝わります。

築山殿は「自分の奥女中が家康の子を身ごもった際、裸にして木に縛り付けた」という逸話をもっているのです。

この話は後世の創作ですが、ここ大河ドラマ「どうする家康」では、松井玲奈さんが演じられたお万の方のお話に採用されていますね。

 

 

晩年

亀姫は結婚後母と同母兄を亡くしますが、彼女は父が開いた江戸幕府の時代まで生きます。

夫信昌も慶長6(1601)年には美濃国加納に10万石を与えられるなど、出世を果たします。

信昌は同地で元和元(1615)年に亡くなります。

夫も、子も早くに亡くなった後、亀姫は剃髪し、幼くして藩主となった孫たちの後見役となるのです。

 

宇都宮城釣天井事件の黒幕は亀姫?

「どうする家康」では松山ケンイチさんが演じていらっしゃる本多正信

その息子である本多正純は亀姫にとって憎き相手でした。

亀姫の娘の嫁ぎ先である大久保家を改易させ、(亀姫の)孫の忠昌を下野宇都宮藩から格下の下総古河へ移封させたのが正純だったのです。

 

元和8(1622)年、2代将軍秀忠(亀姫の弟)が宇都宮城に1泊する際に、亀姫は「正純が寝室につり天井を仕掛けて将軍暗殺を企んでいますわよ!」と事実無根の作り話を吹き込みます。

このミエミエの作り話のせいで、正純は配流され、亀姫の孫の忠昌が宇都宮藩に返り咲きました。

 

この事件が本当に亀姫の企みだったのかどうかは謎です。

謀反に身に覚えのない本多正純ですが、流罪後は秋田横手城の一角で寂しい生涯を終えたそうですよ。

 

どうする家康

主人公であるはずの徳川家康の出番が少ないような気もするけど、大河ドラマ「どうする家康」面白いですよ。

多くの方が指摘されているように「1話完結」のスタイルは感じますが。

 

5月28日放送の第20回「岡崎クーデター」では毎熊克哉さん演じる大岡弥四郎の裏切りが描かれました。

毎熊克哉さん、大好きな役者さんです。今回が初の大河ドラマというのが意外でした。

古川琴音さん演じる「千代」の動向が気になりますね。

「千代」は望月千代女といわれる巫女で、当時甲斐国の歩き巫女は岡崎に入り込んでいて築山殿と接触したとの記録が残っているらしいです。by岡崎東泉記』『石川正西聞見集

記録が残っているところが、かえって徳川家による「創作」ではないかと疑いたくなりますけど。

「どうする家康」では、瀬名あげあげ⤴のストーリーですが、この解釈嫌いじゃないです。

 

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非業の死を遂げる築山殿とその息子。娘である亀姫が長生きしてくれた史実になんだかホッとします。

「どうする家康」で亀姫を演じていらっしゃるのは當間あみさん。

奥平信昌を演じられるのは白洲迅さんです。