昭和51(1976)年、4月9日に白樺派を代表する作家武者小路実篤が亡くなりました。
48年前の今日です。
私は昼のNHK列島ニュースで知りました。
武者小路実篤は、明治43年、志賀直哉らと共に、雑誌白樺を創刊。
人道主義を掲げ、大正から昭和をリードしました。
人間への深い信頼に基づく人道主義が特徴で、晩年の代表作、欲を捨てて飄々と生きる「真理先生」は、作者の分身ともみられています。
真理先生は聖人ではないし、お金が好きだったこともあるし、自分は真理から程遠いとも言います。
しかし、先生はお金を持たず、飄々と生きているし、会う人をすぐに好きになってしまう。誰も悪い人は出てこないし、みんな魅力的。
メンタルが安定している世界。
真理先生の欲を捨てて飄々と生きるというのは、「ミニマリスト」の精神に共通しているのかもしれません。
武者小路実篤は実生活でも自らの理想を実践しようと、宮崎県と埼玉県に「新しき村」と名付けた農場を作り、共同生活を営みました。
「新しき村」は1918年に宮崎県に作られましたが、20年後にダムの建設で一部が水没してしまうことになります。
そのため、埼玉県に第2の土地を求め、多くの人が移動することになりました。
「新しき村」の精神は今も受け継がれています。
どうして「新しき村」は100年近くも続いたのでしょう。
たぶん「仲間割れを起こさなかったから」と関係者は言います。
シェアハウス、カーシェアリング、民泊…現代ではよく聞く言葉ですが、「共同生活」を100年近く前に実践しようとしていた武者小路実篤の思いは何だったのでしょうか。
新しき村では、鶏を育てて卵を売る「養鶏」が経済的な繁栄を支えました。
しかし、卵の価格低迷などで、鶏の飼育はやめてしまったそうです。
現在の卵高騰を思うとそれが残念です。