本日3月8日は「国際女性デー(International Women's Day)」と呼ばれる、国連が定めた記念日です。
女性たちの成果を称えると同時に、教育・雇用・政治参加などに残る格差や不平等、暴力の問題を考える日とされています。
「母の日」だけではなく、「女性の日」にもレトルトハンバーグでいいから、男性がキッチンを預かってみませんか?
朝ご飯昼ご飯夕ご飯、もちろん片づけまですべて!
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日本でも「女性の休日」を求める動きが
半世紀前、アイスランドの女性たちが仕事や家事を一斉に休み、男女の賃金格差や家事労働の偏りの是正を求めたストライキに倣ったアクションが3月6日に全国各地であったそうです。
「男尊女卑」は中国から
「男尊女卑」という観念は、古代中国に始まったとされます。
中国の戦国時代(紀元前5世紀から紀元前221年)に活躍した
日本では、8世紀前後に中国から律令制を取り入れたことに伴い、その律令制に内在していた「男尊女卑」という観念が支配層に生まれました。
そして時代とともに広く浸透、15世紀の戦国時代になると、家を継ぐのは男性で、男児は早くからそのような教育を受けて育ちます。一方武家の女性は家を繋ぐため(子孫を残すため)の存在として扱われました。
江戸時代の「男尊女卑」
江戸時代になると「男性は内外で重要な役割を担い、女性は男性に尽くすもの」という観念が一般化します。
江戸時代の儒学者、薬学者で「日本のアリストテレス」と評された
明治時代の「男尊女卑」
決定的に「男尊女卑」の観念や慣習が根付いたのは明治時代のことです。
近代的な法令国家を形成しようとしていた政府が手本とした西欧の近代法は、「男尊女卑」観念に基づく家父長制を採用していました。
え?西欧の近代法は「男尊女卑」なの?
アメリカは有名な女性優勢の国である。電車や汽車で男が女に席を譲ると、女は当たり前だと云った様子で、大威張りでそこに座り込む。御亭主が荷物をさげて、奥さんのお供然として歩くのは珍しくも何んともない。然し、それは社会の表面だけの事だ。人前の事だ。家庭の内部にはいつて見ると、矢張り稼ぎ人たる男の威力は
儼然 として存してゐる。勿論持参金づきの奥さんや、共稼ぎの細君連は、家庭に於いてもそれだけの権威があるが、男の収入で夫婦が生活してゐる家庭に於いては、矢張り何処も同じ男尊女卑が行はれてゐる。否むしろ、表面に女尊主義があるだけに、内面では其の反対の現象が却って著しい。三徳社より1922年刊行『米泥棒』の「女天下の社会学的解釈」堺利彦著より
こうして明治政府は”家単位”で国民を統治したことにより、この「男尊女卑」という観念が日本社会に根付いていったのです。

昭和時代、社会や家庭にまだ色濃くあった家長制度。年かさのいった政治家に「男尊女卑」ともとられる発言が多いのは、そういう家庭で育ったことが一因かもしれません。
前出の堺利彦は昭和8(1933)年に病気のため62歳で亡くなりますが、著書で「富力支配の消失した新社会が現出すれば、男性支配もそれと共に消失する。即ち経済階級(従つて政治階級)と共に性別階級も消失する。そして両性並立の新関係が生ずる。総ての男女が苦痛なく、虚偽なく、平等に、自由に、単純に、相愛し得る時代が来る。」と結んでいます。
今現在の日本、堺が夢見たそんな時代にはまだ至っていないと思います。

