暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。その介護も終わり、片づけと大学通信教育部の勉強と猫と。そんな雑記ブログです。当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

浪費家で努力家の医師、野口英世

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな暮らしへ
にほんブログ村

福島の貧しい農家に生まれた野口英世

大学を出ていなくても21歳で医師免許がとれた時代。

伝染病研究所を経て、アメリカへ飛び、毒ヘビの研究を行いアメリカ医学界で認められました。その後東京大学の博士の学位を与えられます。

ご存じ千円札の顔です。

 

目次

 

天才、野口英世

1歳の時に大やけどをして、左手を開くことができなかった野口英世

「この手じゃ、農作業はできねえが、学問ならできる。」と言って、お母さんに励まされます。

嘉永6年生まれの、母シカは読み書きができませんでした。後に成人になって必死で読み書きを覚えたそうです。晩年のシカが英世に宛てた手紙が有名です。

そんなシカが英世に学問を勧めたというのは、先見の明があったと言わざるを得ません。

勉強にはげんだ英世は優秀な成績を認められ、恩師に学費を出してもらいます。それどころか募金活動までしてもらい、左手の手術費まで集めてくれました。英世はこうして手術で手が使えるようになったのです。

 

このあたりの美談は、私世代は小学館の学習雑誌に連載された伝記で読んだ方も多いのではないでしょうか。

小学生の私は「野口英世って、逆境をのりこえて医者になった立派な人だ」と感銘を受け、それがずっとイメージとして残っています。

なので、大人になってから映画『遠き落日』を視聴した時は「あら、野口英世って思ってたのとちょっと違うかな。」と感じたものです。

 

 

 

 

野口英世の金遣い

英世はとにかく金遣いが荒い。
しかも自分のお金ではなく、恩師から借りたお金もお金持ちの女学生から借りたお金も(婚約したくせに、一方的に婚約を解消し、アメリカ人女性と結婚する野口英世って💦)返済する気持ちなど1ミリもなく、一夜で使い果たします。
医学研究に使うのならともかく、お金はすべて夜遊びに消えるのです。
 

野口英世、ひどい奴やん!

 

努力と集中力

野口英世はとにかく努力家でした。
深夜まで医学の勉強をし、さらに英語、ドイツ語、フランス語もマスターしています。
朝も昼も夜も研究を継続し、倒れるまでに仕事に明け暮れます。
 

ADHD

野口英世の浪費癖という「衝動性」と、生活力のなさ、そして過剰なまでの仕事への集中はADHD的な特性を示すものであると、精神科医医学博士の岩波明氏は言います。

 

野口英世の業績と最期

英世は黄熱病や梅毒の研究で論文を発表します。(梅毒の研究では人体実験をしたとの噂も)
横浜港に到着した船の中にペスト患者がいることを発見・診断し、日本にペストが広まることを防いだこともあります。
 
昭和3(1928)年5月21日、自らも研究中の黄熱病に罹患し、英領ゴールド・コースト(現在のガーナ共和国)に亡くなりました。96年前の今日です。享年51。
働きづめの母シカより(スペイン風邪により死亡、享年65)、軽蔑していた酒飲みの父より(享年72)短命でした。
 

 

まとめ

前出の岩波明氏曰く。
「今まで複数の大学医学部に籍を置いた経験から述べれば、大半の医学生は、安定した高収入の職業、家業の継続という点から医師を目指している。医療システムの問題を解決していきたいとか、難治性の疾患の新しい治療法を見出したいなどといった野望を持っている学生に出会うことはほとんどない。」
岩波明氏が、「異能の人を活かす社会に」と提唱する理由はそこにあるのかもしれません。
 
医学部のカリキュラムも、国家試験に合格してからのプログラムも行政によってどんどん過密になっていきます。
それをこなすのに精いっぱいというのが多くの医学生、若手医師の実情の中、「新しい技術や治療法を開発しようという志を持て」というのも酷であろうと、岩波明氏は結んでいます。
 
 
この記事は、下書きの段階で、一度間違えてアップしてしまいました。
なので、また下書きに戻したのですが、アップしてすぐに☆をくださったルッカ (id:luccax)さん、3回連続10cm (id:sankairenzoku10cm)さん、申し訳ありませんでした。