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実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。片づけと大学通信教育部の勉強と猫と介護と。雑記ブログです。

桶狭間の戦い、さようなら義元さん~『麒麟がくる』第21回

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面白かったなぁ、桶狭間の戦い

昔の大河ドラマに比べてスケール小さいとかエキストラ少なすぎとかいろいろ言われていますが、撮影費を膨大にすれば「受信料むさぼりとってこんなことに使うなよ。」と叩いてくる人もいるでしょうから、まぁそこは賛否両論ありますから、こらえてください。

私は十分楽しめましたし、ありきたりではない良い合戦シーンだったと思います。

さようなら義元さん、さようなら『麒麟がくる』、来週からしばしのお別れですね。

再開を心からお待ちしています。

 

目次

 

麒麟がくる』第21回「決戦!桶狭間」のあらすじ

永禄3(1960)年5月19日、桶狭間にて織田信長勢は今川義元を討ち取り、そんな信長を明智十兵衛光秀は給水所(?)にて出迎え、ヒーローインタビューをするのであった。

 

通説での桶狭間の戦い

5月19日未明、信長は幸若の「敦盛」を舞ったあと、具足をつけ、昆布と勝栗を添えた食膳を立ったままかっこみ出陣した。

総兵力2万5千の今川軍に対し、総兵力3,4千の擁するにすぎなかった織田信長が、約2千の兵力を率いて1万の今川義元の本隊を桶狭間にて奇襲したのである。

信長は相手側の情報網を攪乱するのと同時に、情報能力を最大に生かし、今川義元が沓掛を発し、大高方面に移動しているという情報が入り、途中で休憩中という急報が入るやいなや、好機と判断し、今川義元を討ち取ったのである。

その場所が動きのとりにくい山間であったこと、最後の移動の時に激しい雨が降ったこと。信長は幸運だったといえる。その雨にまぎれて織田軍は敵にさとられずに敵を見下ろす丘陵に達することができた。そして雨がやむのを待って、一気に攻めかかった。

 

桶狭間の雨はやんだ

SNSで「なんで桶狭間の戦いで晴れてるんだよ~」という意見を見かけましたが、雨がやむのを待って信長は攻めたのです。

 

名将と呼ばれる人は運に強い

織田信長、人生の決定的瞬間において、幸運に助けられたともいえます。

信長は情報と運に支えられて、今川義元を破り、日本の政治の舞台にはなばなしくデビューしたのです。

 

日本三大奇襲

日本史上に残る三つの奇襲戦「河越城の戦い」「厳島の戦い」「桶狭間の戦い」のこと。

桶狭間の戦いで奇跡的な勝利を果たした信長ですが、実は桶狭間以降は奇襲を行わず、戦力差で上回ったうえで合戦に臨むというスタイルを用いるようになります。

意外と堅実。インスタ映えする戦国時代」より引用

 

インスタ映えする戦国時代

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麒麟がくる』での桶狭間の戦い

急に湧いて出てきたような毛利新介(今井翼氏演)や佐久間右衛門尉信盛(金子ノブアキ氏演)が、桶狭間の戦いで活躍しました。

あの鎧姿でのぶっ飛び毛利新介の姿には圧倒されましたし、それを見る片岡愛之助さんの黒い瞳が計算されすぎていて美しかった!

今川義元、討ち取ったりぃ~~~!」の声を聞いた時の信長くんの表情もよかったけど、私は金子ノブアキさんの「ふっ、やりやがったな。」みたいな顔が好きでしたわ。

 

織田信忠

合戦のどさくさに紛れて、やはり降って湧いてきたように登場した奇妙丸こと後の織田信忠

軍師官兵衛』では、まださほど売れっ子ではなかった中村倫也さんが演じていらっしゃいました。

生母は定かではなく、帰蝶が養母となって育てたという説があります。

帰蝶には気の毒ですが、子のない正室が側室の産んだ男児を育てるのはこの時代当然といえるかもしれません。

織田信忠、昔々大映テレビ唯一の時代劇として「おんな風林火山」というのがあったけど、その時の主人公武田信玄五女松姫(鈴木保奈美氏演)の相手役が織田信忠で松村雄基さんが演じてらっしゃいました。

当時から歴史もの好きだった私は最初少し見ていましたが、超絶つまらなくてすぐに視聴をやめました。

その後打ち切りになりましたっけ。

さて、この1560年ですでに信長には長女徳姫も生まれているのではないかと思われます。

徳姫。後に松平元康の長男松平信康正室となり、パパ(信長)に密告して、夫信康と姑築山殿を死に追いやったといわれるあの徳姫です。

 

松平元康

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さて、我らが愛する竹千代君が大きくなった松平元康(後の徳川家康)は、「何卒、今川様をお切り捨てくださいませ!」という菊丸の願いを退けます。

しかし、結局義元のお下知には従わず、桶狭間へは向かいません。

鵜殿長照を前に元康以下君臣がサッと膝をつく所作、「桶狭間へは参りませぬ。」とドスドス拳で床を叩く場面、三河勢の一致団結した姿が美しく素晴らしいですね。

関ケ原の合戦では、小早川秀秋を寝返りさせたり、大阪冬の陣の後「あ、ごめ~ん、間違えて外堀も内堀も埋めちゃったぁ。」と大阪城を丸裸にしちゃう家康ですもん。
味方とみせかけて敵になる、そうゆう奴なんですよ。

そして戦国とはそうゆう時代なのです。

 

元康と母於大の方

残念だったのは、『麒麟がくる』では、元康と母於大の方との対面を駒の口からサラリと説明するだけで終わったこと。

十数年ぶりの母子の涙の再会を映像で見たかったな。

この時すでに於大の方久松俊勝と再婚していますが、兄水野信元が織田信長に謀反の疑いをかけられ家康に殺されたりとまだまだ苦労が続きます。

 

秘薬をみつめる元康

徳川家康は、健康オタクで薬草が大好き、漢方薬にとても興味があったといわれています。

それは駒の影響があった…とドラマでは描くのでしょうね。

家康が、子の秀忠や幕府の医官に伝えた薬の知識は幕府の医事制度の礎となり、のちの小石川薬園(現在の「小石川植物園」)などの医療機関として結実します。

www.bg.s.u-tokyo.ac.jp

なお、明智光秀も医者だったという説もあり、これも駒や東庵に絡めているのかもしれません。 

 

今川家のその後

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東京都杉並区の観泉寺の今川家の墓

馬に乗れないから輿で移動するだとか、白塗りお歯黒だとか、蹴鞠してるだとか、あまい良いイメージに描かれないことが多い義元さん。

でも『麒麟がくる』の片岡愛之助さんの今川義元すごくよかった。

乱取りをしているという兵たちに「愚か者めが!」と激高する義元さんが品とプライドが感じられてよかった。

さようなら、今川義元

片岡愛之助さん素晴らしい演技でした。

元康も翼も金子ノブアキ氏もよかったけど、今回のMVPはやはり今川義元さんにあげたい。

義元さん、あなたが亡き後、お子ちゃまの氏真が暗愚あんぐ(=お~ろ~かぁ者~♪)であったがために、今川家はいろいろ右往左往しますが、実は今川氏真はわりかし悪い奴ではなかったのです。

氏真とその妻(北条氏康娘)の奔走により、今川家は徳川家のお膝元の江戸で長きにわたって高い役職につき繁栄するのですよ。 

hiro-beans-attack-no1.hatenablog.com

 

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)