1975~1976年のドラマ『俺たちの旅』をBSで再放送していて、Tverでも配信されていましたので、全話視聴しました。
当時中学生だった私が夢中で見ていたドラマです。
しかし、今見てみると、私がオトナになった(オバサンになった)だけでなく、1970年代のドラマには、さほどワクワク感を感じなかった。
むしろ、その後のスペシャルドラマの方が面白かったです。
目次
『俺たちの旅』の舞台
ドラマの舞台は東京、吉祥寺あたりや井の頭公園がよく登場しました。
主人公たちのたまり場であり、ドラマの象徴的な場所でした。

主人公たちが住んでいた「たちばな荘」は実際に杉並区にあったのですが、現在は取り壊され、跡地はコインパーキングになっているそうです。
オープニングで使われた新宿コマ劇場前の噴水も現在は撤去されています。
「俺たちの坂」として知られる世田谷区の岡本富士見坂は坂上から富士山が見えます。
1985年『俺たちの旅 十年目の再会』
脚本は連続ドラマもスペシャルドラマも今月公開となる映画『五十年目の俺たちの旅』もすべて鎌田敏夫さんです。
1985年のスペシャルドラマ『俺たちの旅 十年目の再会』以前に1980年代は『金曜日の妻たちへ』シリーズを大ヒットさせ、『俺たちの旅 十年目の再会』の翌年には『男女七人夏物語』をこれまた大ヒットさせています。
この頃になると、現在でも通用するようなドラマがたくさん作られて、そのせいか『俺たちの旅 十年目の再会』は連続ドラマの頃より古臭さをさほど感じません。
舞台は鳥取の米子。

1985年は私は結婚していて、家にはビデオがありました。
『俺たちの旅 十年目の再会』は録画して、何度か見た記憶があります。
1995年『俺たちの旅 二十年目の選択』
スペシャル版の第2作目は、1995年9月に放送した『二十年目の選択』
洋子役の金沢碧さんがショートカットヘアになっていて、幸せそうで嬉しかった。
真弓ちゃんも再婚して子どもも生まれて幸せそうだった。
でも主人公であるカースケがどうも幸せそうじゃない…
舞台はワカメが経営する旅館のある見延町からスタートして、後半には仙台でのロケもあり、仙台西公園がカースケと洋子が永遠の最期の別れとなる場所になります。
この仙台西公園でのシーンが、『俺たちの旅』全編を通しての1番のクライマックスじゃないでしょうか。(今年公開の映画は観てないけど)
金沢碧さんは、このスペシャル第2作をもって『俺たちの旅』を卒業…現在はガラス作家としてもご活躍されているそうです。
2003年『俺たちの旅 三十年目の運命』
スペシャル版は当時の音楽が懐かしいのですが、とくに物語にピタっとくるのは小椋佳さんの曲です。

連続ドラマよりも、10年目20年目よりも、2003年の第3作目『俺たちの旅 三十年目の運命』が1番面白かった。
それまでフイルム撮影だったのが、スペシャル第3作目からビデオ撮影になり映像がきれいだし、ドラマも質があがってるし。
世の中も21世紀となり、すべてのドラマが向上していたのでしょう。
2003年は鎌田敏夫さんは大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』も担当していらっしゃいます。
『三十年目の運命』の物語としては、洋子が亡くなったことを中盤で知らされ、それによって主人公たちの思いが動いていきます。
1月9日から公開の映画『五十年目の俺たちの旅』の内容は知りませんが、やはりカースケにとって洋子の死が大きいようですよ。
映画、見に行きたいけど…う~ん…ごめんなさい、配信になるのを待ちます。
1975年放送の連続ドラマ『俺たちの旅』には、多岐川裕美さんや檀ふみさん、竹下景子さんなど、今もご活躍していらっしゃる女優さんがたくさん出演されていて、そういった女優さんが2026年公開の映画にも出演してくれたらよかったのになぁ。
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