暮らしと勉強 Bettyのブログ

実家の母を介護するために北海道から引っ越してきました。片づけと大学通信教育部の勉強と猫と介護と。雑記ブログです。

日本で農耕が始まったのはいつ?

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 小さな暮らしへ
にほんブログ村

弥生時代には稲作が行われていた。

これはみなさんもよくご存じかと思います。

では、縄文時代では稲作はなかった?

稲作もなかったけど農耕文化はあった?

この縄文農耕論争は、明治時代からずっと研究者たちの注目でした。

 

f:id:Betty0918:20201022192609j:plain

縄文時代、主食はクリ、クルミ、ドングリなどでした。

f:id:Betty0918:20201022192708j:plain

それらの木は野生で自生しますから、栽培しなくても採取できます。

f:id:Betty0918:20201022192852j:plain

 

縄文時代は狩猟採集民族であるというイメージがあります。

木の実や魚、動物など、自然の恵みの中で生計をたてていたのです。

でも、それだけでしょうか?

 

f:id:Betty0918:20201022193218j:plain

 

たとえばクリは自然の中で生息されたものをもっと品質改良…とまではいかなくても、手入れをすることで、より大きく、より味の良い、より数多くの実を収穫することが可能であると、すでに日本人は縄文時代の段階で、知っており、それを実行していたのではないか?

野生の中で大きな栗を種として、栽培すれば、その木には大粒の実がなる可能性が高い。

それを繰り返して、縄文時代の農耕文化ができあがったのではないか?

 

f:id:Betty0918:20201022193414j:plain

 

栗の栽培が明らかになった遺跡は、青森県の「三内丸山遺跡」が有名です。

 

 

イネ、アワ、キビなどの穀物類ではなく、その前にクリの栽培が縄文時代に行われていた。

約5500年前~4000年前の縄文時代前期中葉から中期末の集落跡で、クリの栽培が明らかになったのです。

出土されたクリは野生種より大粒で、当時の人々はすでに相当な技術をもっていて、もしかしたら肥料を施して栽培していた?

クリは縄文人にとって、とても大切なエネルギー源でした。

 

f:id:Betty0918:20201022195628j:plain

 

2009年、縄文中期土器の圧痕からダイズが確認できました。

ダイズは野生では作れません。

野生の種を人間が手を加える必要があります。

ゴマやダイズ、アズキなどの特定植物が縄文人によって栽培され、日本列島独自に栽培化が進んでいったのです。

そう。

縄文時代に栽培農耕はあったのです。

 

 
すみません、考古学の復習をブログでやりました(-_-;)
 
 
クマがあちこちで出没して、被害も出ています。
冬眠前、クマもエネルギー源であるクリやクルミを大量に摂取しなければならないんでしょうけど。
クマの事情も察してあげたいところですが、クマさんショッピングセンターに立てこもるのはやりすぎですよ。