先週の朝ドラ『ばけばけ』では、松江中学に通う小谷春夫が活躍(?)していました。
秋生まれなのに春夫ってネーミング(笑)
私の学生時代の友人に7月生まれなのに「弥生」って名前の子がいたな。
小谷春夫のモデルは、英文学者であり、俳人でもある大谷正信だと思われます。
目次
大谷正信とハーンの出会い
『ばけばけ』では、春夫の家柄をトキの相手としてちょうどつり合いがとれると大喜びしていましたが。
春夫のモデルと思われる大谷正信の生家は藩政時代から続く醸造業でかなり裕福でした。
島根県尋常中学校に入学した正信はラフカディオ・ハーン(後の小泉八雲)から英語を学びます。
正信は信任厚い生徒でした。
ハーンの英作文添削によって正信の英語力は培われ、英作文の賞を2度受けたと伝わります。
ハーンの愛弟子のような存在であった正信は、著作資料の収集を依頼され、その報酬で学資を賄ったといいます。
正信は中学卒業後に京都の第三高等学校へ入学、その後明治27(1894)年には学制改革のために仙台の第二高等学校に転校します。
それぞれの高等学校には、同級生にのちに俳人となる川東碧梧桐と高浜虚子がいました。
正信と俳句の出会いでした。
東京帝国大学時代
明治29(1896)年、正信は東京帝国大学英文科へ入学。

同大には小泉八雲と改名したハーンが教授として赴任していました。
大学時代に正岡子規と出会い、正信自身も俳句に関わっていきます。
金沢在住時代
東京帝国大学を卒業した正信は教師となり、いくつかの学校で教壇に立った後、明治41(1908)年に金沢の第四高等学校教授に就任します。

英文学だけでなく、俳句において生徒たちに多大な影響を与え、室生犀星の青春期に俳句指導を行っています。
小泉八雲の伝記を執筆
正信は文部省留学生としてロンドン大学に留学し、大正13(1924)年には広島高等学校教授へ転任、この頃から師であった小泉八雲の伝記を書く作業に取り組むのです。
八雲から受けた「読む力・書く力の鍛錬」が翻訳や句作、執筆作業で影響を受けたのかもしれません。

