私は50代半ばで住み慣れた北海道を離れて実家に移住し、実母の自宅介護を6年間担いました。
その間、大変なことはたくさんあったし、母に暴言を吐いたこともありました。
それでも介護をやり遂げたことが大きな自信となっています。

その俵万智さんも60代になってから、「親の介護」に直面しました。
高齢の親を介護する中で「黒い歌」が生まれました。
母の言う「じゅうぶん生きた、死にたい」はデッドボールで打ち返せない
ー俵万智ー
お母様から「死にたい」と言われて絶句した時に生まれた歌だそうです。
こういった「黒い歌」を歌人人生で初めて作ったそうです。
歌を作ってから「あ、自分こんなこと考えてたんだ」と気がつくことがあるとか。
言葉が逆に教えてくれたのです。
言葉は時として凶器になることもある。
SNS時代、他者への言葉が注目されがちです。
しかし、自分への気づきにもなるわけですね。
俵万智さんは、現代の言葉を見つめて、言葉についてのエッセイ本を昨年出版され、13万部を超えるヒットになりました。
私は更新頻度は低いですが、インスタをやっています。
そのインスタの写真に添える言葉は「五七五」「五七五七七」を意識しています。
私の母はわがままで、自己中心の性格でしたから、介護には苦労しました。
母はたまに来る妹には「ありがとう」と言うのに、私には感謝の言葉を口にすることはほとんどありませんでした。
それでも母が「死にたい」と言ったことは1度もなく、「私は幸せ」というようなことを口にしていました。
「生きたいもん。」とまで言っていました。
そういったことから、おそらく母は私の介護に満足していたのであろうと、自負しています(笑)

