私が結婚したばかりの頃、年末に販売の婦人雑誌には付録に来年のための家計簿がついていました。
今は婦人雑誌を買う人も少ないし、家計簿を手書きでつけている人も少ないですね。
わが国最初の雑誌は、慶応3(1867)年刊行の『西洋雑誌』といわれています。
明治直前ですね。
目次
雑誌のはじまり
現在放送中の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』が1790年代前半あたりでしょうか。
日本初の雑誌『西洋雑誌』はその70年後に登場したわけです。
したがって、蔦屋重三郎の本屋では雑誌を扱っていませんでした。
雑誌はその名のとおり、雑多な記事を一冊にまとめ、同一タイトルのもとに遂次的に刊行される出版物です。
「黄表紙」は今でいう漫画の先駆けであり、雑誌とは違います。
女性のための雑誌
女性誌の元祖『女学新誌』は明治17(1884)年に刊行されますが、これは20ページにも満たない小冊子です。
当時の『女学新誌』復刻版が古本屋さんで売られています。全8巻で198,000円。
明治期女性雑誌集成1 女学新誌/日本之女学 復刻版 | 柏書房株式会社
翌明治18(1885)年には、本格的な女性誌ともいうべき、文芸ものや啓蒙的な記事などを載せた総合的な『女學雑誌』と、女性の役割を妻・母・主婦の3つにとらえ、家庭生活を重視し、教育的色合いをもつ『貴女之友』が刊行されました。
明治32(1899)年に高等女学校令が公布され、女子教育の遅れを取り戻すために、実践女学校、女子工芸学校が創立、翌年には女子英学塾、女子美術学校が開校されます。
こうした女子教育の発展は女性読者層を大幅に拡大し、女性誌は相次ぎ発行されるようになります。
それらの雑誌は、時代とともにそれぞれの系統に分けられ進化し、昭和の時代に多くあったのは、家庭の主婦をターゲットにした「主婦の友」とか、生活スタイルを提案する「クロワッサン」とか、ファッションに特化した「アンノン族」を生み出した『an・an』及び『non-no』です。

私の雑誌愛好遍歴
1970年に『an・an』翌年に『non-no』が創刊されましたが、当時私は小学生なので、そういった雑誌は読んできませんでした。
小学生中学生の愛読書は『なかよし』と『りぼん』です。
高校生になってからは『non-no』は何度か買いましたが、ピンとこなくて。
『an・an』の誌名はパンダの名前がヒントだとか?
anan創刊 — 『anan』創刊! | 時代を映すanan | anan 50周年記念
1980年代はファッション誌多様化時代です。
私は『JJ』(2020年12月23日発売の2021年2月号をもって月刊発行を終了、以後は雑誌は不定期刊行)や『Can cam』が好きでした。
後発の『ViVi』は私はあまり読む機会がなかった。
メーカーや小売店名を表示したブランド商品を価格をつけて提供し、読者モデルが多く生まれました。
結婚するとその内容が、自分の手の届かない物であり、実用的ではないような気がして、それは出産後はなおさらで、ファッション誌への興味は薄れました。
出産後は育児雑誌を読み、家にこもっての育児生活の中で癒しになりました。
育児が楽になった頃、ハンドメイドにハマり『私のカントリー』や『COTTON TIME』を買いました。
それらが、私の雑誌購読史の最後でした。
雑誌の行方
今は漫画もネットで読む時代。
情報はすべてネットから。
ファッション情報を伝えるというファッション誌はこれからどう変化していくのでしょうか。
書店の数は減り、昔あったような商店街の「近所の本屋さん」ではなく大型書店のみが頑張っている。
蔦屋重三郎は、どんな気持ちで今の本屋さんの現状を見ているのかな。
今夜は『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』が最終回ね。
雑誌以外の本も、本屋さんで手にとって購入するのではなく、Amazonで買うことが多くなった。
でも本屋さんへの信頼度は高く、「本屋大賞」を受賞した小説は「面白い率」が高い。
本屋大賞(ほんやたいしょう)は2004年に設立された、NPO法人・本屋大賞実行委員会が運営する文学賞ね。

